教育勅語御渙発三十年紀念式々辞
熟々我等ガ日常生活ノ状態ヲ考フルニ我等ノ雑念妄動ガ不知不識ノ間ニ我等ト真理大道トノ間ヲ隔ツルコト恰モ浮雲ノ太陽ヲ蔽フガ如キモノ?之アリ、故ニ或ル機会ニ於テ時々此ノ障妨ヲ与フル浮雲ヲ払除シ真理ノ光明ヲサヤカニ仰グハ我等ガ向上ノ一路ヲ辿ル上ニ於テ最モ緊要ノ事ト謂ハザルベカラズ
教育勅語ハ実ニ我ガ教育界ノ太陽ナリ、其ノ渙発以後満三十年ニ当レル今日、爰ニ相会シテ紀念ノ式ヲ挙ケ相共ニ此ノ太陽ヲ拝スルハ前述ノ意味ニ於テ殊ニ我等教育界ニ在ル者ニトリテ其最モ有意義ナルヲ信ズ
今聊カ勅語御渙発当時ノ事情ヲ考フルニ当時ハ維新ノ非常ナル更革ヲ経テ上下一致開国進取ニ努メシ結果各種ノ新主義新思潮ハ雑然紛然トシテ帝国ノ思想界ヲ襲ヒ我ガ教育ノ基礎為ニ或ハ危カラントスルノ虞ナキニ非リキ是ニ於テ　明治天皇深ク叡慮ヲ悩マサセラレ千古不磨ノ大勅ハ茲ニ渙発セラレシモノト拝察ス此ノ間ノ消息ハ時ノ芳川文部大臣ノ訓示ニ
　　天皇陛下深ク臣民ノ教育ニ軫念シタマヒ茲ニ忝ク勅語ヲ下シタマフ
トアルヲ見テモ明カナルヘシ爰ニ再ヒ前ノ比譬ヲ反復スレバ我ガ忠孝ノ大道ハ二千年来常ニ昭々トシテ天日ノ如クナレドモ西洋文明ノ襲来ハ一時国民ノ頭脳ニ曇ヲ生ジテ此ノ天日ヲ仰クコトヲ得ザラシメタルナリ然ルニ此　大勅　渙発ニヨリテ浮雲ハ忽ニシテ払ヒ尽サレ爾来三十年天日常ニ明カニシテ国民復帰趣ニ迷フモノナク、教育ノ進歩ハ真ニ著シキモノアリ
爰ニ二三ノ統計ヲ挙ゲテ三十年前ト今日トヲ比較スレバ(大正八年三月末日調査ニヨル)

公私立　　　　校　数　　二万六〇一七校　　　　　　二万五六二五校
小　学　校　　児童数　　三〇〇万一四〇〇人　　　　八一三万七三四七人

官公私立　　　校　数　　五五校　　　　　　　　　　三四三校
中　学　校　　生徒数　　一万一六二〇人　　　　　　一六万九八六五人

官公私立　　　校　数　　三一校　　　　　　　　　　四二九校
高等女学校　　生徒数　　三一二〇人　　　　　　　　一一万八七四六人

官公私立　　　校　数　　五七校　　　　　　　　　　七二校
専門程度学校　生徒数　　一万二七九〇人　　　　　　三万八一〇〇人

若シ夫レ大学教育ニ至リテハ明治二十三年ニハ帝国内ニ唯一箇ノ東京帝国大学ヲ有スルニ過キズ東京農林学校カ東京帝国大学ニ併合セラレテ農科大学(今ノ農学部)トナリシモ此ノ年ナリシト記臆ス之ヲ今ノ官立六大学ノ外ニ幾個ノ私立大学ノ続々トシテ建設セラレントスル現状ニ比スレバ真ニ隔世ノ感アルナリ更ニ卒業生ノ数ヲ見レバ当時ニ於ケル東京帝国大学ハ法医工文理農ヲ通ジテ僅ニ二百一人ヲ算スルニ過ギザリシガ、今日ニ於テハ本学ノミニテモ年々百三四十名ヲ出シ六大学ヲ合算スレバ年々無慮千九百人ノ学士ヲ出ス真ニ非常ノ進歩ナリト謂フベシ
要スルニ我国ノ教育ハ最近三十年間ニ於テ偉大ナル発達ヲナシ平素深ク教育ノ事ニ軫念アラセラレシ　明治天皇ノ御遺志ハ着々トシテ遂行セラルヽ進展ノ途上ニアリ我等ハ将来益々深ク此ノ聖勅ヲ下シタマヒシ　先帝ノ大御心ヲ体シ又此ノ大御心ヲ以テ大御心トシタマフ　今上陛下ノ聖慮ヲ畏ミ奉リテ一意専心学事ニ励精シ以テ世界ニ比ナキ日本帝国ノ臣民タルモノノ本分ヲ尽サザルベカラズ
聊カ卑懐ヲ述ヘテ本日ノ式辞トス
大正九年十月三十日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　真　野　文　二