九州帝国大学総長告辞
入学生諸子、本学爰ニ諸子ノ為ニ宣誓ノ式ヲ挙ク、諸子ハ各自宣誓名簿ニ姓名ヲ自署シテ、正ニ本学ノ学生トナレリ、是レ或ル意味ニ於テ、恰モ将卒ノ動員令ヲ受ケタルニ異ナラズ、教育勅語ノ「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」ノ一節ハ、諸子ノ日夕記誦スル所、苟クモ国家事アリ動員令ノ一下スルニ遇ハバ、誰カ直チニ百事ヲ抛ツテ銃剣ヲ執ラザランヤ、誰カ其ノ出動方面ノ如何ニ異議ヲ挿マンヤ、今ヤ国家ハ諸子ニ対シテ動員令ヲ下シ、諸子ヲシテ或ハ医学者トシテ、或ハ工学者トシテ、義勇公ニ奉ゼシメントス、而モ諸子ノ出動方面ハ、他ノ強要ニ原ヅキタルモノニ非ズシテ、実ニ諸子ガ年来ノ素願ニ出ヅ。諸子ガ欣喜踊躍各自ノ部署ニ就クベキハ素ヨリ其ノ所タリ。不肖ハ、諸子ガ此光栄アリ希望アル戦闘員ノ一員トナレルヲ祝スルト共ニ一言諸子ニ告グル所アラントス。
倩々過ギシ欧州大戦ノ跡ヲ見ルニ、其ノ戦争ハ啻ニ軍隊軍艦ニ依リテ平面的ニ行ハレタルノミナラズ、航空機、潜水艦等最新ノ学理ヲ応用セル機械ヲ武器トセル立体的戦争頗ル多ク、其ノ他陣地ノ測定、食糧ノ供給、軍需品ノ製造及ビ輸送、軍隊ノ衛生、傷病兵ノ療養等ニ関シテモ、農学工学医学理学等ノ盛ニ活用セラレタルコト前古無比ニシテ、武力ノ戦争ハ一変シテ学術上ノ戦争ト化シタルノ観アリ。随ツテ今後ノ戦争ニ於テハ、技師医師等ノ必要ハ決シテ将卒ノ必要ニ劣ラザルモノアリ。
諸子ノ専攻スル所ガ、所謂平和ノ戦争ニ於テ必須ノ学科タリ、随ツテ諸子ガ平和戦ニ於ケル中堅軍タルコトハ言フマデモ無シ。然ルニ今ヤ諸子ハ戦時ノ戦争ニ於テモ亦重要ナル任務ヲ帯ビタル戦士タラザルベカラズ諸子ノ責モ亦重イカナ。帝国大学ハ其ノ設備ノ一切ヲ提供シテ諸子ノ研鑚ニ資シ、以テ諸子ノ大成ヲ望メリ、諸子其レ奮励努力以テ国家ノ期待ニ背カザランコトヲ期セヨ。
国家ハ又諸子ニ望ムニ、各方面ニ於ケル棟梁ノ材タランコトヲ以テス。故ニ諸子ハ今日ヨリ、苟クモ人ニ長タル者ニ必須ナル資格ヲ備ヘンコトヲ努メザルベカラズ。即チヒトリ専門ノ学問技術ニ堪能ナルノミナラズ、又崇高ナル人格ヲ練成シテ、材徳兼備ノ人タランコトニ意ヲ致スベキナリ本学ハ勉メテ諸子ノ自由ヲ尊重シ、規則的ニ諸子ヲ拘束スルコトヲ為サズ蓋シ煩鎖ナル約束ヲ設クルハ、諸子ノ如キ既ニ高等普通教育ヲ卒ヘタル紳士ヲ遇スル所以ノ途ニ非ザルヲ以テナリ。而モ万一不幸ニシテ、学生ノ本分ニ背キ本学ノ名誉ヲ損フガ如キ行動ヲ為スモノアランカ、本学ハ厳乎トシテ之ヲ処分シ、秋毫モ仮借スル所ナカルベシ、諸子之ヲ諒セヨ。
本学ハ昨年ヨリ規程ニ改正ヲ加ヘ、学年制度ヲ廃シテ科目制度トシ、或ル範囲内ニ於テ諸子ノ自由選択ヲ許スコトトセリ。又学年ノ変更ニ伴ナイ、本学年ニ限リ授業時間ヲ短縮セザルベカラザルノ結果トナレリ随ツテ一層諸子ノ勉励ヲ要スルコトアルベシ。其他諸子ノ心得ベキ条目、研学上ニ関スル事項ニツキテハ別ニ各学部長教官諸氏ヨリ教示セラルベケレバ諸子ハ之ヲ聴キ之ニ従ヒテ、各自修業ノ指針トスベキナリ。
終ニ臨ミテ一言附説シタキハ健康ノ問題ナリ。近時本学入学生ニシテ病気ノ為ニ半途退学セルモノ尠カラズ、不幸鬼籍ニ上レルモノ亦二三ノミニ止マラズ。最近二三箇年ノ統計ヲ取リ百分率ニスレバ
入学者 無事ニ卒業セル者 後レテ卒業セル者 死亡者
転学セル者
医学部 一〇〇 七二、七 二二、三 五、〇
工学部　 一〇〇 六七、六 三一、〇 一、四

斯ノ如キハ本人ノ不幸ハ勿論国家ニ取リテモ軽カラザル損失ナリトス。諸子ヨ冀ハクハ各自ニ心ヲ深ク衛生保健ノ途ニ致シ、善ク其ノ健康ヲ増進シテ国家ノ為ニ十分ナル活動ヲナスノ素材ヲ完成センコトヲ。
大正九年十月四日