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総長訓示式辞

二一 大正十一年五月一日宣誓式ニ於ケル真野総長告辞

告 辞
本学創立以来茲に十一年余其間大正五年十一月には、畏くも 天皇陛下の行幸を辱うし、同九年四月には、 皇太子殿下の行啓を仰ぎ、近くは又今春三月、 皇后陛下の玉駕を迎へ奉ることを得たり、本学の光栄何ものが之に加へん。
忝くも 皇后陛下には、親しく本学各部の学事を御観察あらせられ、附属医院に臨ませ給ひし際の如きは、玉歩を病室に移させ給ひて、御自ら患者を慰藉し給へり、加之、本学職員学生より入院患者看護員に至るまで、悉く恩賜の御沙汰に与る、奨学懿旨の渥き、慈育の恩寵の遍き、不肖等の感激に勝へざる所なり。
本学新に此光栄を荷ひて爰に新入学生宣誓の式を行ふ、乃ち諸子が、愛国奉公の至誠を以て、力を攻学成材の途に致さんことを冀ふの念殊に切なるものあり、偏に諸子の奮励を望む。
諸子は既に高等普通教育を了し、いづれも儼然たる一個の紳士たり、故に本学の諸子を遇する、亦一に紳士に対するの道を以てして諸子の自覚に竢ち、諸子の自由を尊重すべく、煩鎖なる条規を設けて諸子を束縛することを為さざるべし、然れども、諸氏にして苟しくも学生の本分を過り、本学の名誉を傷くるが如き行為を敢てすることあらん乎、本学は断乎として之を処分し、秋毫も仮借する所無かるべし、諸子之を諒せよ。本学が数年前より学年制度を撤廃して、代ふるに科目制度を以てし、或範囲内に於て、諸子の自由選択に一任せるは、諸子の夙に知れる所なるべし、惟ふに輓近知識の世界は益々拡大せられて、其方面の無限に分岐せらるゝと共に、其の研究の次第に微に入り細を極むるを以て絶倫の精力を備へ絶大の知識欲を蔵する者と雖も、其の研究の範囲は到底之を一小部分に止めざるを得ず、是に於て一学科を専攻せんとする者は多数の関係科目中、最も自己の目的とする所に緊切なるものを択んで之を履修するの必要を生じたり、此の点より観て、学年制度は時に靴に合せて足を削るに類するの憾あるを免れず、本学が科目制度を採るは、主として此の憾なからしめて修学者の便を図らんが為なり、然れども自由撰択にも亦危惧の点なきにあらず、即ち、各自が果して能く其の選択を誤ることなきや否やの一事これなり、蓋し其の選択を為すに方りて知らず識らずの間或は其の好む所に癖し或は其の難きを避けて易きに就くが如きは賢明の士と雖も人情の往々にして免れ難き所。彼の近世科学の泰斗ダーウヰン氏が数学の研究の十分ならざりしことを、晩年に至りて悔いたりといふ一話の如きは、蓋し諸氏の此の際に於ける好個の座右銘なるべし。
諸氏は此の選択に就きて冷静慎重に之を考慮すると共に必ず教授諸氏の懇切なる指導を仰ぎて苟くも正鵠を誤らざらん事を期せざるべからず尚其の他修学に関する諸般の事に就きても各担任教官よりそれぞれ説示せらるる所あるべし、諸子が其の指導の下に専念攻学し品性を修養し又よく摂生に注意して身体の健康を図り器材を大成して国家の要望に副はんこと、是不肖が衷心より諸子に期待する所なり。
大正十一年五月一日       九州帝国大学総長 工学博士  真 野 文 二

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