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総長訓示式辞

二二 大正十二年五月一日宣誓式ニ於ケル真野総長告辞

大正十二年五月一日宣誓式ニ於テ
爰に宣誓の式を挙くるに当り、不肖は衷心より本年又新に多数有為の人材を本学に収容し得たるを喜ぶ。
言ふまでもなく、諸子は既に高等普通教育を卒へたる者なれば、本学は諸子を遇するに紳士を以てし、諸子が従前受け来れる煩鎖なる拘束は、一も之を諸子に加ふることなく、専ら諸子の自由を尊重すべし、而も此の自由は、或は却つて諸子を累して不慮の過失に陥らしむるの惧なしとせず、不肖が敢て諸子入学の当初に於て、一二諸子の注意を乞はんとするは蓋し之が為なり、
思ふに自由のある所、必ずや之に伴へる義務あり、諸子は行動の自由を享受すると共に、如何なる場合に在りても誓つて学生の本分を誤らざるの用意あるを要す若し諸子にして此の用意に欠くる所あらんか、本学は之に対して相当の処分に出でざるを得ず、諸子之を諒せよ、修学に関する詳細の事項に就きては、学部長教授諸氏よりそれぞれ教示せらるゝ所あるべし、唯爰に一般論として不肖が特に諸子に望む所の一事あり、
そは他に非ず、諸氏が本学に業を修むるに当りて基礎的、根本的、原理的、包括的に之を為さんこと是なり、
窃に思ふに、輓近の学術が次第に発達して専門の中に更に専門を分ち微に入り細を穿ち尚足らざるの概あるはこれ斯界の進歩にして、誠に慶すべきの事に属す、而も余りに細目に渉り過ぎて之にのみ没頭する時は、其の弊や唯一局部を見て全局に暗く、自家の専門学科と他学科との関係を忘れ、又は実地に即するに過ぎて想像創意の力を弱むるに至ること無きを保せず此の弊に陥らざらんが為には、諸子は細微なる専攻に指を染むる前に先づ基礎となるべき原則に通暁し、全局を見るの明を養ひて、心を専門幽微の境に潜むるの心掛あるを要す、
彼の学科の選択を為すに当りて、自家の専門に直接関係なきが如く見ゆるものは成るべく之を省き、省かざるも軽視して之を忽にするが如きは、往々にして見る所なれども是実に前述の弊に陥るの道程たり、諸子が慎んで予め此の弊を避け基礎的根本的学科の研究を怠らざらんことは、不肖の特に諸子に熱望する所なり
次に諸子の注意を望むは健康の一事なり、将来国家の柱石たり国民の指導者たるべき大学生が病気の為に夭折し或は半途退学するが如きは、独り其の人の不幸たるのみならず、国家に取りて実に多大の損害なり、然るに過去三箇年間の平均に見るに一年間の休学者三十二人退学者十二人死亡者五人を算す、豈遺憾千万の事実に非ずや希くは諸子が極力衛生の途を尽し運動を怠らず飲食を慎み強健なる体?を練成せんことを
尚終に臨んで一事を附言せんとす、
 大学は国家に須要なる学術の理論及応用を教授し並に其の蘊奥を攻究するを以て目的とし兼ねて人格の陶冶及国家思想の涵養に留意すべきものとす
とは諸子の既に知れる如く大学令第一条の条文なり諸子は学術の研究を怠らざると共に常に品性の向上人格の修養に努力し、国家の柱石、国民の指導者たる資格に於て必ずや欠くる所なからんことを期せざる可からず、曾て米国の土木学会が広く各工業学会々員の意見を徴し之を調査して発表せる所に拠れば技術者が成功するに必要なる資格を其の専門に属するものと品性人格に属するものとに分ち、後者の価値は実に前者の三倍に当るの結論を示せり、是れ豈諸子が修養上に於ける好参考資料にあらずや不肖は又此の点に就きて深く諸子の留意を望むものなり

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