昭和二年五月二日宣誓式ニ於ケル大工原総長告辞
茲ニ本学ハ本年又六百八十有余名ノ諸君ヲ迎ヘマシテ例ニ依リ宣誓式ヲ挙行シ一言所懐ヲ述ブルコトヲ得ルノハ欣快トスル所デアリマス
諸君ハ既ニ高等普通教育ヲ終ヘラレ茲ニ最高学府ノ学徒トナラレタノデアリマス。恐ラク諸君ノ大多数ハ此ノ大学ニ於ケル三年若クハ四年間ハ諸君ノ最終ノ学生生活デアルト察セラレルノデアリマス。諸君ハ各志ス所ノ専門ノ学術ヲ攻究シ併セテ人格ノ修養ヲ積ミ以テ国家有用ノ材トナラレンコトヲ期待スル次第デアリマス
大学令ノ第一条ニハ何ト書イテアリマスカ
　大学ハ国家ニ須要ナル学術ノ理論及応用ヲ教授シ並其ノ蘊奥ヲ攻究スルヲ以テ目的トシ兼テ人格ノ陶冶及国家思想ノ涵養ニ留意スヘキモノトス
トアリマス。
惟フニ大学ハ学術ノ研究ヲハカルト共ニ又実ニ修養ノ府デアリマス。宇宙ノ真理ヲ攻究スルト共ニ人格ノ陶冶ヲ計ル所ト申シテモ宜シイノデアリマス。
換言致シマスレバ学術ノ蘊奥ヲ極メ人格ノ陶冶ヲ計ル養成所Cultureサレタル人物ノ養成所ト申シテモ差支ナイノデアリマス。
然ルニ近時浮華軽佻ノ風漸ク萌シタルハ夙ニ識者ノ憂フル所デアリマス。諸君ハ研学修養ヲ専一ニシテ質実剛健ノ気風ヲ養ヒ落付ノアル而シテ確リシタ人物トナラレン事ヲ希望スルノデアリマス。
諸君ハ既ニ高等普通教育ヲ終ヘラレ正ニ最高学府ノ学徒ト成ラレタノデアリマスカラ大学ハ諸君ヲ遇スルニ紳士ヲ以テシ中学校ヤ高等学校デ為サレタ様ナ瑣末ナ事項ニ迄拘束ハ致シマセン大学デハ諸君ノ自由ノ裁量自由ノ処理ニ任セマス然シ諸君ハ自由ノ存スル所ニハ又義務ノ伴フ事ヲ忘レテハナリマセン
諸君ハ研学ノ自由ヲ与ヘラレルト同時ニ学生トシテノ本分ヲ守ルベキ義務ヲ負フテ居ルノデアリマス若シ諸君ニシテ学生ノ本分ヲ誤リ大学ノ体面ヲ汚ス者アルトキハ本学ハ厳重ニ相当ナル処分ヲ致シマス故ニ諸君ハ自省ミ自戒メ学生ノ本分ヲ誤ラズ九州帝国大学ノ名誉ヲ毀損シナイ様ニ心掛ラレンコトヲ希望致シマス。
尚講学並ニ学生トシテ心得ベキ事柄ニ就テハ既ニ各学部長並ニ学生監ヨリ委シクオ話ガアツタコトヽ思ヒマスカラ重ネテハ述ベマセン。
要スルニ諸君ハ本学学生トシテ大学令第一条ニ則ツテ学術ノ蘊奥ヲ攻究シ人格ノ陶冶ニ留意シ各与ヘラレタル分ニ応ジテ以テ所謂国家ノ枢要ナル人物トナリ此ノ三年乃至四年ノ最後ノ学究生活ヲ有意義ニ終ラレンコトヲ切望致ス次第デアリマス
茲ニ一言ヲ述ベテ告辞ト致シマス