大正元年十月四日宣誓式ニ於テ山川総長告辞
本日宣誓式ノ期日ニ際シ健次郎偶公務ノ為メ滞京諸子ニ会見スルヲ得ス仍テ一書ヲ寄セテ諸子ニ告クルトコロアラントス
抑帝国大学ハ帝国大学令第一条ニ規定セル如ク国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攻究スルヲ以テ目的トス今其趣旨ヲ稽フルニ凡ソ世界文明国ノ何レタルヲ問ハス其政治法律工業医業其他百般事業ノ要路ニ当リテ之カ中枢トナルヘキ人ハ概ネ大学教育ヲ受ケタルモノニアラサルハナシ欧米ノ近世史之ヲ証シテ余リアリ本邦亦政事軍事ノ方面ヲ除キ他ノ諸般ノ事業ニ於テハ其中枢トナルモノハ概ネ大学出身者ニアラサルハナシ我カ国大学ノ創立以来茲ニ僅カニ三十有余年其卒業生漸ク一万ニ過キス而カモ猶斯ノ如シ将来ノ趨勢推シテ知ルヘキナリ是レ現今世界ニ於ケル生存競争ノ激甚ナル大学教育ヲ受ケタル人ニシテ其要衝ニ当ルニアラスンハ国家ノ発展ハ得テ期シ難キヲ以テナリ帝国大学令第一条ノ趣旨蓋此所ニ存ス是ニ於テ国家ハ諸子ヲ教育センカ為メ年々莫大ノ費用ヲ投スルヲ惜マス試ニ本大学昨年度ニ於テ学生一人ニ対シ一ヶ年費ス所ヲ算スルニ約壱千四百円ニ上レリ之ニ高等学校在学中ニ於テ国家カ諸子ノ為ニ費シタルトコロノモノヲ合セハ其総額蓋多大ナルヘシ是ニ因テ之ヲ観レハ諸子ハ他ノ国民ニ優リテ国家ノ恩恵ヲ被ルコト甚深ク随テ国家ニ負フ所モ亦他ノ国民ニ比シ自ラ重大ナリト云ハサルヘカラス果シテ然ラハ諸子ガ此国恩ニ報スルノ道他ナシ身体ノ健康ヲ料リ益人格ヲ高メ学ヲ励ミ智ヲ研キ以テ国家ノ期待スル所ニ負カサルニアリ
今ヤ俄ニ　大葬ニ遭ヒ国民斉シク恐懼哀悼ニ堪ヘサルモ而カモ
　允文允武ナル　天皇陛下上ニ在シ　先帝ノ下シ給ヒシ教育勅語ハ万世ニ亘リテ炳乎トシテ日星ノ如シ諸子ソレ克ク之ヲ眷々服膺セハ以テ最高学府ノ学生タル本分ニ負カサルヲ得ン歟之ヲ告辞トナス
　　　大正元年十月四日　　　　　　　　　　　九州帝国大学総長理学博士山川健次郎